2012年2月24日金曜日

サブカルチャーにおいて第四空間が最も大切な舞台設定になる

オタクにとって第四空間が大切なのは当たり前である。それを指摘したところで、重要な仕事をしたということにはならないし、第四空間という概念を知ったところで、社会の底辺であるところのオタクよりも、その分野において、多くを知ることはできない。

2012年2月17日金曜日

ゴア・スクリーミング・ショウ コンプリート

単純で、薄っぺらくて、不自然で無理のある展開が多いが、ちょうどいい具合にえげつない部分があってそこのところは表が出来る。何気に、音楽が良かった。

2012年2月11日土曜日

ほむら「魔法少女の存在がバレた」

ありそうでなかった、小説。
誰にも気づいてもらえないなんてあんまりだよ、
というセリフがあったが、気付いてもらえたとしても、
実はその方がやばいことになるのではないか
と思った。
読んでてキツイ話だったが、面白かった。

2012年2月10日金曜日

ゴア・スクリーミング・ショウをやってみた

OPの音楽につられて、やってみることにした。
エロシーンの多さにげんなりしつつも、
それなりに楽しめる部分はある。
いささかキャラやセリフの内容が単純すぎて、
面白味にかけるし、ホラーシーンもありきたり
というかどこもかしこもありきたり感があるが、
サウンドノベルとしての没入感も手伝って、それなりに楽しめている。
三人が、赤青黄の信号機になっているのも面白い。
作者がへヴィメタづきなのかなと思った。由規とか某有名バンドのメンバーを意識させる。
沙耶の唄と似ている部分が複数ある。
人肉を食う部分、純愛系など。

2012年2月8日水曜日

SSの面白さを知ったら、たいていのライトノベルや小説、漫画は読めたモノじゃなくなる

二次創作小説の面白さは、登場人物のキャラを徹底して掘り下げるなど、商売を考えざるを得ない原作とは違い、一般受け(ニッチな分野でもある程度多くの人間にウケル必要はある)を狙わなくて良いから、いくらでも過激な話が作れるという点になる。二次創作を読みあさった目で見ると、普通の小説はあまりにも浅くなってしまう。作る側から見れば、無から有を生み出す方が大変だが、見るほうからすれば、そんなことはどうでもいい。有からもっと面白い有を生み出す方が作り手としてはハードルが低くても読む側からすれば、より面白くなる。原作は一番最初に書かれたモノに過ぎなくなってくるし、読む方とすれば、書かれた順番などどうでもよい。

2012年2月1日水曜日

二次創作を読むことにはまると、普通の作品は読めたものじゃなくなる

SSは極端な話が多くて面白い。素人の書いたものだから、どんな荒唐無稽な話でも、作品として成立するからである。生産する側としては、無から有を生み出す一次創作方がはるかにハードルが高いし、社会的な価値も大きいのだろうが、純粋に消費する立場に立てば、原作であろうが二次創作であろうが、それを見た時に面白いと感じるかどうかだけが重要なわけだから、原作をベースに後付けでいくらでも面白くできうる二次創作には大きな可能性がある。もっといえば、原作と二次創作はできた順番ぐらいの意味しかなくなってくる。まどマギにしても原作自体はあまりにもありきたりで退屈極まりない作品であった。
キャラが立っていることと、大ヒットしたことによって書き手の層が広くなったことが面白い二次創作を生みだす源になった要因であると言えるだろう。

キャラクターシンキング

虚淵氏と小池さんの対談で、キャラクターシンキングという言葉が出てきたが、なるほどな、と思った。
他人が思わぬ行動をしたときに、その人が生まれて育ってきた過程をゼロからくみ上げて考えていけばその人の変わった考え方や行動が当たり前に思えて、納得してしまう、ということが自分にとっては普通だったのにもかかわらず、たいていの人は変人は変人だと切り捨てて全く理解しないのことに違和感を持っていたわけだが、

2012年1月25日水曜日

監査役野崎修平

監査役野崎修平はトラウマ作品の一つだ。
主人公の野崎が、会社に適応できない個人プレイヤーを徹底して潰していく様子は、読んでから二三年たった今での常に鮮烈なイメージとして、頭に残っている。頭では、フィクションに過ぎないと意識しても、心情的には、それを凌駕するリアリティを持って迫ってくるモノがある。
企業に就職することや企業に就職した人間に対する過激な反抗心や攻撃性を持つようになった原因の一部は間違いなくこの作品を読んだことにある。

2012年1月24日火曜日

ヒトラー「人類補完計画だと(ry

ヒトラーがエヴァの世界で、どんどん論破し行動していく様子は胸がすく思いだった。実際ヒトラーとは全然違うだろうけど。歴史マニアも、キャラとして二次創作の中で命を吹き込めるところまでいければ大したもんだと思う。

まどか「私ほむらちゃんについていく」

まどかとほむらが永久にループに閉じ込められれば、
ワルプルギスと戦う必要がなくなると思っていたので、
この発想はあった。やってくれた。

2012年1月20日金曜日

GTOの勅使河原先生の残念ぶりが半端なかった

駿台全国模試が六位というのは相当すごいと思うけど、それだけではどうにもならんな。

2012年1月15日日曜日

パパのいうことを聞きなさい!を買ってきた

久しぶりにラノベを買ってきた。
糞みたいなお約束を踏まえるだけで何も新しい面白さが付け加わらない最近のラノベ作品に対して批判的であったが、なんとなく面白そうだと思えたので、買ってみた。
友人がイケメンでいい奴だったり、やたら変な女の子に話しかけられたりそれに対する主人公の反応があまりにもお約束だったりという感じだったが、主人公が大学生であるところに若干の目新しさを感じ読む気になった。

マドカ主義という考え方

重要な意思決定をすることから逃げることで、結果的に多くの情報を収集し、考える時間が稼げるので、より質の高い決断をすることができる。

2012年1月6日金曜日

小説のネタを考えても、何も思いつかん。

小説を書ける人は純粋にすごいと思う。隙間時間を使って小説のシナリオを考えるが何も思いつかない。

鋼の錬金術師が意外に面白かった

だいぶ前に鋼の錬金術師を見てクソつまらなかったが、この間つまらないところを飛ばしながら見たら、結構面白かった。マスタングとか軍隊が出てくる場面は良い。ホムンクルスが出てくる場面は極端につまらない。

まどさやSSは良い

まどさやSSが最近アツい
まどほむと杏さやはベタすぎてすぐに飽きて、
ほむさやに結構はまったが、それも飽きてきて、
まどさやもよい。
もちろん百合要素がないSSの方もいいのは多し、内容的にはそっちの方が面白くなりがちだが。

まどマギssで知久がまどかに迫る話があったがさすがに引いた

知久がまどかとくっつくとかありえんだろ。

2012年1月5日木曜日

ユリイカのまどマギ特集号を読む Fate/zero

「でもね、素質に沿った生業を選ぶってのが、必ずしも幸せな事だとは限らない。才能ってやつはね、ある一線を越えると、そいつの意志や感情なんぞお構いなしに人生の道筋を決めちまう。人間そうなったらオシマイなんだよ。”何をしたいか”を考えずに”何をすべきか”だけで動くようになったらね・・・・・・そんなのはただの機械、ただの現象だ。ヒトの生き様とは程遠い」という言葉が妙に心に響いた。」
小学校の時に数学が圧倒的に得意で、学者になることに決め、朝から晩まで勉強しない生活を年単位でするようになった。その結果、しばらくは無双状態になったが、その後、自分の意志や感情に関係なく、勉強をやり続けなければ、ならない道に追い込まれる羽目になった。その結果多くの幸せを失ったのは確かだろう。ただの機械や現象になってしまうという状況に陥った反動として、小説や漫画に病的にはまるということにつながっていったのは間違いない。今となっては、勉強に対する興味はほとんど失われてしまったが、勉強以外のことは何もできないので、無理やりにでも勉強を続けざるを得ない。これは非常に残念なことである。ろくでもない人生だったが、今自分の持っている知識や経験を今後に最大限生かすようにしていくしかないだろう。徹底的にやって無理やりにでも壁を打ち破る。普通の人が十年かかることを一年でやる。そういうスピード感をもって走り続けなければいけない。次に立ち止まってしま時は、自分の中で何かが終わってしまう気がする。

とある科学の超電磁砲

レールガンはたまに見返したくなる。
レベル5てすごいけど、学園都市から出たらあまり意味を持たないよな。
学園都市において発生する問題は、学園都市に入らなければそもそも発生しない。もちろん、学園都市にいるメリットがあるから入るんだけど。
中高生が陥りがちな学校篭りとでもいうべき視野狭窄をうまく描けているな。そこで発生するドラマは本人たちにとっては意味があるように思えるかもしれないが、後で振り返ってみれば何の意味も持たないだろう。

2012年1月4日水曜日

文章を書くために、本を読むことは必要か?

自分は昔ろくに文章が書けなかったが、本を大量に読むようになってからある程度は書けるようになった。
この間、SSの書き手で、本をあまりよまないという人がいたのが意外だった。
そういうえば、昔読んだ、R.O.Dの登場人物でも本はほとんど読まないが作家をしている高校生が登場人物で出てきたな。
一つ思うのは、小説を書くのとそれ以外の文章(例えば、評論的な文章)を書くのは別の能力をかもしれない。
小説は実体験と想像力がきいてくるので、読書をする必要は必ずしもないかもしれない。評論のまねごとのような文章を書くには、本や新聞をたくさん読むのが役に立つかもしれない。
ゲームなどを含めた特定のジャンルに深くはまることが小説を書く上で役に立つかもしれない。

些細なノイズが気になる

どうでもいいようなレベルの違和感が気になって仕方がない、照明がおかしいとか、机や椅子の微妙な振動とか、他人の発言や、文章のちょっとした論理の穴とか、矛盾とか。精神を研ぎ澄ますのもいいが、それで、無駄な労力を使っていては話にならない。
こういう時はおとなしく計算でもしてる方がいいな。

けいおん映画は面白かったな。

前にも書いたけど、けいおん映画は面白かったな。もう一回見に行ってもいいかもしれないな。DVDがでたら必ずもう一回見るだろうけど。

弱い人間を魔女が食う、魔法少女が魔女を食う

インキュベーターが魔法少女を食う。魔法少女以外の人間も魔法少女の恩恵を無自覚に食う。まどか神が、インキュベーターを食う。視聴者がまどマギを消費する。まどマギスタッフが視聴者から金を巻き上げる。うろぶち氏がスタッフの労働力を食う。ファンがうろぶちというキャラクターを消費する。評論家がまどマギファンについて論じで利益を得る。評論家を批判して、自称評論家が、評論家よりも上の立場に立とうとする。
上記の食物連鎖を考えてみたが、穴だらけだ。
より上位にいったら下位だったはずのものが再び登場することもある。

わが闘争を読んだ時のことを思い出してみる。

世界史を勉強していたときに、アドルフに告ぐなどの漫画を読んで中二病が徹底的に悪化していたこともあって、わが闘争を読んだことがあった。日本人を二流民族と書いていたことが当時は気に入らなかったのを覚えている。
論理的にも破たんが多かった。
生い立ちには興味があった。才能が認められなかったコンプレックスや自分の良くない状況を自分以外の責任にしたい気持ちはよくわかった記憶がある。 だが、それ以上には知識的に興味深いところはあっても思想的に役に立つところは少ないように感じた。
大きなことをなすには破たんしてても、過激な考えに基づいて行動する必要はありそうだな。だが、それが、吉と出るか凶と出るかはわからんが。

まどか☆マギカ初見の時の印象

言われているほと十話が面白いとは思わなかった。ストーリーのあるものを見過ぎたせいで耐性が出来たのが大きいだろう。もっと昔に十話を見ていればかなり心を動かされていただろう。十二話の方が面白かった。火の鳥的な面白さを感じた。全体的なキャラクターの考えはあまりにも未熟というか成長過程で一定の割合の人間が通り過ぎるあまりにもベタな考え方で、そこを通りすぎた人間としてはあまりにも残念な感じがして、素直に楽しむことが出来なかった。
中学生の時にこれを見たかったな、と考えるとかなりもったいない気がしてしまう。最も、漫画、アニメ、ラノベ、小説にどっぷりハマった原因の一つこれがあって、心が新鮮で、そういった作品を本当に楽しいと思えて、人生においてリアルタイムに学べるところがあった時期に見れなかった後悔が少しでも、物語を見たいという持ちべーションにつながっている。本当に必要だった時期に極端にそういったものを制限してしまったので、自分の中にブラックホールのような巨大な穴があいていて、それを遅ればせながら埋めようとするのだけれども、どんなに質のいいものを大量に見ても決して埋まらないに、それらを無限に追求しようとする、一種の永久機関のようなシステムが出来てしまっている。そこから生み出されるエネルギーが何かの役に立つかもしれないが、その利用方法はまだまだ洗練される余地があるだろう。

2012年1月3日火曜日

涼宮ハルヒの内容は中学生くらいに吸収しておきたい。

涼宮ハルヒのアニメと、原作は中学生くらいの時に見ておきたかった。
あれくらいのレベルの哲学的な思考、考えるためのヒントを中学生くらいで身につけて使えるようになっていると、かなりあとあと差がつく気がする。
中学時代にラノベに出会わなかったのは痛い。ストーリー性のあるものを渇望していたが、ゲーム、テレビ、普通の小説、くらいしかツールを知らなかったので、もっと漫画やラノベ、深夜アニメ的なものをうまく自制しながら楽しめるとあとあとプラスになった気がするのだが。